パネリスト プレゼンテーション |
「ひとが生き生きと働くための源泉は何か」
株式会社リクルートワークス研究所
主任研究員
豊田義博 氏
1990年代に入り,日本経済を取り巻く環境,特に経営のあり方や雇用形態が激変していく中,企業組織における成員間のコミュニケーションが劣化し始め,その結果個々人のもつモチベーションの希薄化が顕著になってきた.いわば,それまで日本経済を支えてきた企業風土が崩れ始めたという認識が広まってきたわけである.このような背景から,今回のシンポジウムのキーワードである「幸せ」に関する考察に基づき,人が生き生きと働くために必要な源泉的要因は何かについて述べていきたい.
組織における個人のもつモチベーションを向上させる誘因は,大きく組織・仕事・社会・形式的報酬に分類されるが,これらの要素は組織環境の中で混在しており,モチベーション向上に直結する誘因を特定することは非常に困難である.このような事実 |
は,個々人を満足させる誘因をそれぞれの個別特性のもとで内在化する最近の傾向に起因するものであり,今後においては4つの外部要因との関係性に加え,それぞれの成員に内在された自己アイデンティティをいかにモチベーション向上につなげるかに関する研究が必要になってくると考えられる.
この問題に関していくつかの定量分析を行った結果,14項目のモチベーション向上誘因が抽出され,さらにそれらの誘因を職種別・企業別の相違性を考慮したうえで「外部要因-内部要因」「感情的要因―物理的要因」という両軸にそれぞれ位置づけることで,組織と仕事との関係という外部誘因と,内部誘因である本来感に有意に影響しているコア要素を明確に示す普遍的構造(モチベーション・パス)が見出された.
企業は,このような指標化作業から構築されたフレームワークに基づき,モチベーションを高めるそれぞれの項目を人事施策として強化・改善していくことで,組織員の満足度を向上させ,さらには幸せを感じる個々人の源泉的欲求を満たすことも可能になるであろう. |
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「働く人の“Happiness”」
WERU代表理事・ 早稲田大学大学院教授 東出浩教
従来における幸福度の測定は,期待値とその後の成果を回想方式によって比較する方法が主流であった.しかし,このようなアプローチは,諸過程の起点となる期待値を低めることで幸福度向上に関する諸問題を解決しようとする傾向にはまりがちであり,幸福度を高めるための根源的解決策であるとは言い難い側面があることから,近年その有意性に対し疑問の声が高まっている.
実際,世界各国の幸福度調査を見ると,成熟社会,いわゆる先進諸国の幸福度の低下は顕著に進んでおり,このような世界的傾向のもとで,日本は今後どのような社会,どのような企業組織を目指していくかについて,従来とは異なる新たな観点から取り組んでいくべきであろう. |
日本は,所得水準に比べ幸福度が低いグループに属しており,そういう意味では世界的トレンドに類似した傾向を示しているが,その一方で,幸福度の決定要因とされる「健康・信頼・価値観・金」の中でお金に対する重要度が低いという点では,世界的傾向とは異なる特殊性も共に持っている.特に,幸福度を決定付ける要因重要度調査において仕事や価値観の占める割合が大きいとういうデータから考えると,人々を幸せにすることに関して,企業組織の役割が大いに求められている国であるともいえる.
最近の調査では,組織成員間のコミュニケーション・関係性,そして成果報酬や業務内容が幸福度の関連項目として挙げられているが,その中でも業務内容は幸福度に加え,モチベーション向上とも連動していることから,従業員の業務能力をいかに育成するかに関する問題は一層その重要性を増している.こうした個別の知的特性を組織内で構造化し,従業員のエンゲージメントを高めるための取り組みが先行条件として定着したとき,組織で働く個々人の幸せは必然的に随伴されるものであると考えられる. |
パネルディスカッション 「“個”を生かし幸せを紡ぐ起業と企業」
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今回のパネルディスカッションは,「“個”を生かし幸せを紡ぐ起業と企業」をテーマに,WERUの代表理事である東出教授の司会のもと,(株)リクルートワークス研究所の豊田義博氏を迎えて行われ,客席との質疑応答を通じて「起業家精神と企業倫理との関係」「個人を尊重する施策のリスク」を主たる議題として活発な意見交換が行われた.
企業倫理の問題は,組織意思を重視するこれまでの傾向に起因している部分が大きい.企業の経済活動が組織全体の意思に左右され,業績優先の方向に偏った際,倫理的問題が浮かび上がる余地が随所で生じるような結果をもたらす可能性は非常に高くなる.業績拡大と倫理という場合によっては対称線上にある二つのファクターを両立させる解決策を明確に示すことは容易ではないが,組織内の個々人の意思を尊重することに政策的焦点を当て慎重に分析することで,解決策の一端が見えてくる可能性がある.調査の結果,業績につながる要因とされるエンゲージメントの高い従業員の場合,自らが所属している企業組織の社会的貢献度を満足度における主たる項目であるとの答えが多かった.この事実は企業倫理問題の解決において個人の意思を尊重する政策的変化が重要な役割を果たす可能性を示唆している.その具体的施策を設けるために今後さらなる取り組みが具体的な形として行われるべきであろう.
しかし,個々の従業員の満足度を高めるための人事政策には,様々なリスク要因が散在していることも否定できない.実際,個人を重視する政策が行き過ぎ,放任の状態に陥っている組織 |
も少なくない.そこで諸政策を統制・調整する管理能力が問われるようになる.無論,管理能力の不在に伴うリスク要因が諸政策の阻害要因の全てになるとは言い難い.それに,従業員の幸せを諸政策の中心に位置づけた際に得られるものは管理機能のもつリスク要因がもたらしかねない負の効用を埋め合わせるに十分なメリットを持っている.最も重視すべき問題は,そこにどのようなリスクが存在しているのかではなく,予想されるリスクを排除するだけのロジックを備えた組織体質をいかに助成するかである. |